楽園追憶

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評判に違わぬ傑作SF『虐殺器官』

 別ブログで書いていた書評を、ブログ閉じるのでこちらのブログに転載。
 これは去年、入院中に書いた「虐殺器官」の書評です。

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

噂に違わぬ傑作

 病院のベットで読み終えました。
 読後のなんともいえない重苦しさ、寂寥感。評判に違わない傑作SFです。
 特殊部隊隊員とは思えないほど線が細く未成熟なイメージのする主人公と、情景や情緒を繊細に書き出したSFというよりは現代犯罪ミステリーのような文章は、死と暴力の世界を扱っているにもかかわらず、どこか優しく感じられる弾力のある作品に仕上げている。

 設定的にはギブソン以降のサイバー小説の影響を色濃くうけているが、高度に機械化されているだけでなく分業化と民間化された戦場の様相は筆者の現代的な感覚でうまくアレンジされている。分業によって細分化された作業と、民間化によってコストカットとリスクヘッジの進んだ戦場は、単純な作業の積み重ねを自動的に行う“工場”のようでしかない。心まで薬とカウンセリングでコントロールされた主人公たち兵士もまた、その工場から生み出される機械のひとつのようだ。極限までリスクを廃した戦場の姿は、生と死というものに漠然とした神聖さのイメージを持つ我々にとっては汚されたようであり堕落したようでもある。
 その他、いくつもの示唆や、独特なインスピレーションを与えてくれる本作の素晴らしさは、しかし個人的には設定面やそういう繊細さよりも、それだけの舞台装置を揃えた上で、物語を描き切ったことにあると思う。

 特に主人公であるシェパード大尉の心のあり方まで計算に入れた物語構成は素晴らしい。読後、ラストの主人公の決断の稚拙さに多少の不満が残ったが、あとがきを読み「テクノロジーによって成熟していない、成熟不可能だった主人公」という主人公のコンセプトとの合致で納得がいった。
 兵士を守るためのテクノロジーは肉体的にはプロフェッショナルでも精神的には兵士として未成熟な精神をも戦場に送りこませることになり、そしてその精神が戦場で戦うのは、肉体的にも精神的にも未成熟な幼年兵…。この皮肉。

 様々な示唆と対比に飛んだこの物語が処女作という著者の才能には目を見張るものがある。その才能が、すでに天に帰ったものだったとしても賞賛は惜しむべきではあるまい。
 素晴らしい作品をありがとう。