楽園追憶

日々のオタクコンテンツの感想や、昔のpcゲーについての思い出を書くブログ

「ひぐらしのなく頃に」妄想メモ

 思いっきり「ひぐらしのなく頃に」のネタバレありますのでお気を付けを!!




 ひぐらしの推理なんですが、いろいろ考えていたらなんかこんがらがってきちゃったんで、ちょっとまとめるために気になる点のみのメモを。
 少しづつ書いていこうと思いますが、どうにもまとまらない……

オヤシロサマ

 オヤシロサマとは何者だろうか? と考えたとき、まっさきに浮かぶのは「オヤシロサマ=御八代様」という解釈だろう。
 これは八代目がオヤシロサマの生まれ変わりという伝承とも繋がり、一見して信憑性がある。
 ……が、本当にそうだろうか?

 たしかになんとなくそれっぽい表記だが、何かおかしな気がする。
 というのは、そもそも前提としてオヤシロサマというものが存在しなければなりたたないのに、その生まれ変わりが八代目というのが何かおかしくないだろうか。 これでは日本語的には「八代目の生まれ変わりは八代目」といっているようなもので、どうも変だ。
 “八代目がオヤシロサマの生まれ変わり”という伝承の“八代”という部分は、“腸流し”に“棉流し”という文字をあてたように当て字という可能性もある。 そうでなければ、わざわざ作品中でも“八代”というキーワードを出しているわけなのに、“オヤシロサマ”をわざわざカタカナ表記にしているのが、どうも変な感じがする。 わざわざ漢字表記を隠しているのはそれに意味があるからではないだろうか?

 では「御八代様」以外になにか該当するような漢字表記はあるだろうか?
 わかりやすいところでは「御社様」だろう。 これだと、神社そのものを指す場合と、神社に祭られた神を指す場合とに分かれる。前者だと上記と同じような言葉としての違和感があるので、選ぶとしたら後者だろう。
 また、少し無理があるかもしれないが「汚邪代様」とかだろうか。
 おどろおどろしい漢字表記だが“汚邪”とは穢れているという意味で、この場合の“代”は代わりという意味に取れる。 夏祭りなどで自分の穢れを移して、自分の代わりに川に流す形代のようなものとも解釈できる。 この漢字表記とした場合、最終的に梨花が無惨な死を遂げるへの意味づけともなる。 村人たちの穢れを一身に背負って、村人たちの代わりに犠牲になって穢れを払う(腸流しする?)とも取れるわけだ。
 つまり梨花はオヤシロサマとして生まれた時点で、村の犠牲になることが決定づけられていた、という解釈なわけだが、ちょっと漢字表記に無理があるような気もするので、あくまで妄想の域を出ない。

 何かうまい漢字表記と解釈はないだろうか?

御三家

 御三家について考えた場合、まっさきに浮かぶのは雛見沢の伝承との対比だろう。
 つまり、

 オヤシロサマ=古手家
 オニ    =園崎家
 村人    =公由家

 この対比は非常にしっくりくる。
 つまりもともとこの雛見沢に住んでいた者(人間)をまとめていたのが公由家、そこにやってきた鬼一党が園崎家、そしてその2つの勢力の間を取り持ったのが古手家(八代目、もしくはオヤシロサマと呼ばれる個人かも?)という解釈だが……
 なにかしっくり行き過ぎているような気もする。

古手梨花の予言?

 正直、予言や予知の能力者である、というのは考えづらい。
 予知、予言のたぐいにしてはあまりに情報が限定されている。
 千里眼のたぐいの能力という解釈は論外。 そんな能力なら犯人像や殺人の前後の情報も少しは分かっていいはずだが、梨花はそのたぐいのことは言っていない。
 梨花が予言(?)したのは、あくまで後年、多くの人間が知ることになることがらだけだ。
 とはいえ、なんらかの特異な能力を持っていることを否定するほどの証拠もない。
 ので、今のところ数年後に起きる惨劇を彼女がどのようにして知るに至ったかは問わないことにする。
 なんにせよ「ひぐらしのなく頃に」で起きる人死には全て他殺として解釈可能だし(たとえオヤシロさまの祟りだったとしても、警察に犯罪立証できないだけでオヤシロさまによる“殺人”と言える)、梨花はそれがオヤシロさまにしろ人間の手にしろ、その計画を知る立場にあったと考えるのが妥当。

 ただ予定にあること(それが何者の予定なのか、または計画なのかはわからない)には無関心だったことはTIPSから伺える。
 とすれば、彼女が極端に興味を示したことがらは、(何者かの)予定にはないことなのだろう。
 しかし「ひぐらしのなく頃に」の現4編からは、梨花の無関心な態度は見られない。
 これはどういうことか?
 おそらく赤坂の雛見沢来訪、および圭一の雛見沢への引っ越しそのものが(何者かの)予定にはないことだったのではないだろうか。
 だから梨花は赤坂に興味を示したのであり、圭一から見て無関心な態度は見えない。 これは梨花の予言(?)に圭一の死という事柄がなかったことの理由にもなる。 存在そのものが予定外の人物なら、その死が予定にあろうはずもない。 また穿った物言いだが、プレイヤーはあくまでゲーム内における不確定要素であるべきだろう。 たとえそれが選択肢のない物語でも、だ。

 さてそう考えると、何故、圭一がどの編でも殺されそうな目に遭うのかという説明にもなりそうだ。 雛見沢では予定外の人物には、それを排除(死、行方不明)しようとする力がは働くということではないだろうか。 これが人為的なものか、はたまた超自然的な物かはひとまずおく。 実際、赤坂について、梨花は“あなたが生き残る可能性は決して高くなかった”というようなことを言っている。
 とはいえこれは妄想の域だ。